秋の熊野旅行2019・一日目その1

時は令和元年十一月。度重なる勧誘の末、友人を京都へ引きずり込むことに成功した。

旅行の予定は土日含んだ三日間、しかし私はその前に二日の空きがあった。

これは機運である。以前のリベンジも兼ねて、一路熊野へと向かう。

 

出発・朝の散歩

 行きの手段は例によって夜行バスである。

 金欠が理由の大半を占めているが、一応一番早く着くのがこれ、という大義名分もある。無慈悲な轟音と振動が気持ちいいとか、暗闇の中窮屈な座席に押し込められるのがたまらないとか、そういった理由ではない。

運行会社が非常に分かりやすいバスであった。防御率に一抹の不安を抱えながらも、無事に目的地に到着。

 

 降車地点は熊野市駅の目の前である。海からそれほど離れていないはずだが、早速山が見えているのは流石の紀伊半島である。

 

 時刻は6時40分、乗るべき電車までは1時間半ほど猶予がある。まずは最初の目的地へ、商店街を通って行った。平日とは言えど早朝、人の姿はあまり見えない。商店もほとんど閉まっている。静かな中を歩く。

 

 道中、路上のタイルから水が湧き出ていた。水が豊富な熊野特有の何かか、それとも単に液状化かもしれない。

 概ね地方都市然とした穏やかな町並みであったが、余所では見られないものもちょくちょく出てくる。

 

  最たるものがこの標識群だろう。至る所に貼られていた。平凡な道に見えるが、足元には長い歴史が積み重なっているらしい。ちょっと興奮する。

 

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世界遺産

 10分ほど歩いて峠の入り口に到達。これから坂を登り、松本峠へ向かう。

 松本峠熊野古道伊勢路の一部で、世界遺産の一部でもある。このような下賤なものが世界遺産を踏みつけて良いのでしょうかとは思うが、料金所も門限もなく、巡礼路らしい極めて開放的な場所である。有難く歩かせていただく。

 

 道中には古い石畳が点々と残っている。屋外で踏まれ続けるという条件の中残っているのはとても偉い。とりわけ古いものは角が取れてすべすべになっている。雨の日は大変かもしれない。コンクリの階段も時々見られ、ずっと利用され続けてきたことを物語る。道のわきには家もあった。空家もあったけど.....

 それなりの急坂が連続しており、ひいこら言いながら歩いていた。しばらくすると観光協会の地図に書かれたトイレが見えてくる。ここから目的の峠及び分岐点はすぐ、と地図にあったので気合を入れて上がった。すぐに峠っぽい道標が見えてくる。

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今後何度も見ることになる

 しかし肝心の分岐点がない。見逃したか?と思い近くを往復するが見当たらない。

 それも当然、ここは峠では無かった。というか上り坂が続いているし、よく見ると道標にも「松本峠まで0.7km」と書いてあるし、どう見ても峠ではない。しかしこの時は気付かず10分ほど歩き回っていた。ボケが代...

 その事には気づかないまま、ええい峠の向こう側まで行ったるという心持ちで登り始め、ようやく本物の峠に辿り着いた。

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妖怪と間違えられて撃たれたお地蔵様

 周りは林ながら多少開けており、陽が射している。熊野古道の展示パネルも多く、しばらく見て回っていた。大きなお地蔵様を拝み、本来の分岐路から南側へと向かう。

 今までとは異なり石畳は無く、木の根道めいた山道ではあるが歩きやすい。時折石垣も出てくる。この辺も鬼ヶ城の領域だったのだろうか。尾根道をゆっくり下っていると、急に視界が開け、東屋が見えてきた。その向こうには海が見える。

 目の前には延々と浜が続いている。上り下りの多い伊勢路もここからは平坦である。この海岸は七里御浜と呼ばれ、遠く新宮まで続いているらしい。

 山の中であるのに波の音が延々と聞こえる。視界に動くものは海岸に打ち寄せる波のみ、耳には鳥と木と波の音ばかりである。眼下近くに熊野市街があるにも関わらず、遥か隔絶された空間であるかのように感じた。東屋で朝食を食べつつ、しばし眺めていた。

 十分ほど経った後、他の人が通りがかってようやく正気に戻る。視界から離れてもなお聞こえ続ける波の音を背後に、海へ向かって下ってゆく。

 天気は快晴。鬱蒼とした林の道ではあるが、木漏れ日が気持ちいい。

 

 しばらくすると鬼ヶ城跡に到着。開けた土地と石垣のみが残っている。ともすれば公園のようにも見える。

 

 ここは眺望が素晴らしい。今度は東側の湾が見えてくる。こちらは伊勢志摩めいたリアスの風景である。山裾を巻くように走る道路がいかにも紀伊半島らしい。

 

鬼ヶ城

 鬼ヶ城跡からはつづら折りの階段を下っていく。ここは桜の道と呼ばれ、シーズンには相当咲き誇っているそうだが、今は寂しいばかり。目の前に湾が見え続ける眺望は一級品である。ぐにぐに下ったのち、道路と駐車場、および案内板が見えてくる。ビジターセンターを過ぎた所まで歩くといよいよ海岸は間近、鬼ヶ城本領のお出ましである。

 

 鬼ヶ城の道へは橋を渡っていく。近づくといきなり激しい波に見舞われた。先ほどまで聞いていた穏やかな波とは打って変わって荒々しく、潮の香りにも満ちている。太平洋は伊達でない。

 道すがらの洞門を潜ると、ここで最も有名な景勝地千畳敷に出る。

 

 鬼ヶ城は足元も周りも全て凝灰岩、波風に浸食されまくった結果がこの奇景である。広がる段々と穴ぼこの床も、牙を剥くかのように反り返る壁面も、全て異様というほか無い。折よく快晴の日差しと情けなしに打ち寄せる波が、鍾乳洞とはまた異なった荒々しさを見せてくれる。ヤッホーとでも叫びたくなる場所である。何もかもどでかい。

 

 時間もまだ8時前と早く、通る人が少なかったことも開放感に拍車をかける。千畳敷には柵がないため、かなりの範囲を歩き回れた。先の方など、落ちたら死ぬという感覚を鮮明にするほどの高さがあり、しかも眼下には波が荒れ狂っている。鬼ヶ城というネーミングがこの上なくピッタリである。

 

  千畳敷だけでは終わらない。鬼ヶ城は海沿いに周回路が設定されており、峠入口までぐるりと回ることが出来る。

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切実

 しかしこの周回路、周遊というにはあまりにも過酷な道である。一歩間違えれば海の藻屑だし、すぐ近くまで波が迫っている。場所が場所なら坊さんの修行場として聖地になっていたか、あるいは妖怪の根城とでも伝えられていただろう。

 

 道と海を隔てるのは頼りない柵一つのみ。逆に不安になる。実際、先の紀伊半島台風被害の影響でしばらく不通になっていたらしい。復活したのはここ最近とのことで、タイミングには恵まれた。有難く思いつつ進んでいく。

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渦の周辺は音が激しい

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ここにも柵が無かった

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波しぶきが強い

 景色は荒々しく変化に富み、見ていて全く飽きない。所々名付けられた名所が続く。海側にも度々名所が現れ、全視界に奇景絶景が絶えない道中であった。

 

 一時間ほど突き進むと護岸が見えてくる。その先には先ほど上から眺めた七里御浜が伸びている。範囲としてはさほど広くないのだが、蛇行している事、見どころが多い事、そして何より足元の不安によりじっくり楽しめる場所であった。また来たい。

 

花の窟

 興奮冷めやらぬまま町に到達。ここで時間を確認すると、もうとっくに電車の時間を過ぎていた。次の電車は一時間半後、一気に血の気が引く。焦ってGoogle先生に頼ると、どうやら目的地に着くバスが40分後に出るらしい。バス停までは歩いて5分ちょい、余裕がある。九死に一生を得た。

 当然ながら、行けると分かると冒険したくなってしまう。調べ上げた所、もう一つの目的地候補だった場所まで歩いて35分だという。そこに至近のバス停から同じバスが出るのは30分後。少しギリギリだがこれは行けるだろうと見込み、やや駆け足で次へと向かう。

 

 釣りスポットでもあるらしく、船宿が立ち並んでいた。先ほどの護岸にも釣り人がちらほら。

 道路を横切り、七里御浜に沿って堤防上を走る。海岸線は先が見えぬほどまっすぐに伸びていた。この後も延々と続いている。

 

 じきに一つ目の名所、獅子岩に到達。

 想像を超える獅子ぶりであった。名は体を表す。

 目的地はさらに先である。この時Google先生を5分上回るタイムを出していたが、それではまだ足りない。さらにダッシュを重ねる。途中、脇道から入れそうな場所もあったが、注連縄で封じられていたので迂回。

 

 しばし走ったのちに到着。こちらも世界遺産、花の窟神社である。

 なんとかバスまで8分の猶予を勝ち得た。安心し、心を落ち着けて参拝。

 ここはイザナミノミコトがホノカグヅチを産んだ後の御葬所という伝承があり、記紀神話に関わりのある地である。古来この地の住民が花を捧げてきたことからその名があるとされている。巨岩信仰でも有名であり、社殿は無く、正面に見える大きな磐座が神体である。近くで拝んでいると否応にも圧倒される。

 御神体に掛かっている御綱は例大祭で掛けられるものらしい。参籠殿には数々の新聞記事と共に信仰の紹介が為されていた。

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熊野古道のアレ


 しばらくの参拝の後、バス停へ向かった。

 次の目的地は新宮...を通り越して那智大社。ここからも本番、熊野三社巡拝である。

 (その2に続く)