冬の諏訪御神渡り2018・一日目

出発

 2018年2月1日、諏訪湖が割れた。実に5年ぶりの御神渡りである。

 兆しがあったのは少し前の1月半ばである。この頃、とある東方コミュニティは諏訪湖の話題で持ち切りであった。なにせ全面結氷自体が久々だ。しかもしばらく厳しい寒さが続く見込みとあっては、否応にも期待が高まる。地元のローカルニュースを見回って数日、ヒビの報告がぽつぽつ上がり始め、ついに御神渡りへと至った。

 この神事を前にじっとしていられようはずもない。情報が出た後の週末土曜日、即座に駅へ向かって往復の券を買い、翌日早朝から出発した。

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二日間有効

 

 今まで諏訪に向かう時は春休みか秋であり、専ら18きっぷの期間中であった。今回は期間外であったが、鈍行始発の方が特急始発よりも早い時間に着く。全線鈍行で向かった。最早慣れ親しんだ東京駅に向かい、コンビニでお茶とつまみを買って乗り込む。

 

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八ヶ岳連峰(多分)

 諏訪へ向かう車窓は何度も眺めたが、雪のある時期は初めてだ。相模湖を越え、山梨に入ると景色が所々白くなる。どこかの駅の巨大ラブレターやエスカレータ、成田国際ホテルの看板なども雪に覆われていた。先に見た人の御神渡り写真や地図も併せて見ていると、徐々に雪と氷への期待が高まる。呼応するかのように車窓の雪も深くなっていく。そのうち長野に入り、下諏訪駅に着いた。

  

雪の下社

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 まずは下社春宮へ参拝。やはり普段より人が多い。朝一であるためか、地元の方々による神事らしきものが行われていた。遠巻きに眺めた後、拝殿へ。

 

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 境内の片隅や、拝殿の屋根に積もる雪が冬を感じさせる。標高700m越えらしい極寒が、雪を見ることでさらに強化されている気すらする。雪に覆われた田んぼなど良い。

 

 そのまま三角八町の斜辺を歩いて秋宮へ向かう。旧中山道でもあったはず。この道は途中で諏訪湖を遠くに眺めることが出来る。普段はあり得ない、白く染まった湖面が見えた。間にある町の屋根屋根にも雪が積もっており、テンションが上がる。

 

 街道沿いの風景を残す家は本陣と資料館くらいしか無いのだが、どこも軒先には宿屋時代の看板を出しており、雰囲気が微かに残っている。それ以外は何の変哲もない住宅街のメインロードであるのだが、銭湯があったり、温泉の蛇口があったり、階段を登った先に曰く付きの石があったり、日本最古のスケートリンクがあったりと妙に見所の多い道である。歴史が積み重なるとそうなるのかもしれない。

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御作田社の神田にも雪

 後、コンクリ造りの民宿に掲示されている「素泊まり5800円 宴会できます」の看板(うろ覚え)が妙に印象に残る。

 

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 目移りしているうちに秋宮到着。こちらも人が多い。雪も多い。

 

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 鳥居横の池が凍っていた。摂社の温泉蛇口が身に染みる。

 

 参拝後は下諏訪駅へ向かい、スワンバスに乗って一日券を購入、湖の反対側へ。御神渡りによるものだろうか、渋滞があちこちで起きていた。

 

一之御神渡り・湖南

 降りたのは岡谷湊。諏訪湖の南側に位置する町である。

 バス停は湖から道路一本隔てた場所にある。少し歩いて湖へ向かった。

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 ややあって、まだらに白く染まった湖面と、その上に細く白い線が見えてくる。そのまま近づき、湖近くまで降りると、その正体が明らかになった。


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 静かに広がる平面の中、荒々しく割れた氷がのたくっている。これこそが御神渡り、諏訪の神様が歩かれた道筋である。

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 情報では聞いていたが、実際に拝むととんでもない喜びが沸き上がる。一面凍って動かない真っ白な湖面という異様な風景の上に、必殺技のような氷の道が重なり、圧倒的な威容を誇っている。神々しいことこの上ない。

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 氷の下の波が、割れた氷を岸に寄せる音も心地よい。一之御神渡りから別れた筋が湖岸近くまで繋がっており、遠くに見える幻想じみた流れが本当に氷の隆起であることを確認させてくれた。あまりにも見事に割れている。しばらく夢中で撮ったり見たり聴いたりしていた。

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この近くに足をドボン

 その最中、うっかり湖岸の氷を踏み割り、右足を濡らしてしまった。やはり氷点下の湖、天気は良好といえど芯まで冷える。靴下を替えて対処、しばらくして湖を離れた。

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無数の足跡

南岸散策

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ハッピードリンクショップ

 40分ほど湖ではしゃいでいたが、まだ次のバスまで1時間超空いている。普段来ない場所でもあるし、辺りを回ってみることとした。しばらくすると雪がちらついてきて、余計に興奮する。

 

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社名を覚えていない...

 湖岸から少し歩くとすぐに小高い場所となる。崖横の細い坂を上がった、見晴らしの良い場所に神社が鎮座まします、という郷社に多いパターンがここでも見られる。

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小坂鎮守社

 それに加え、この辺りは諏訪大社に関わった由緒を持つ神社が多い。神話上で繋がりがあったり、大社の神事を執り行っていたりと、密接なつながりを感じさせる。御柱もほぼ確実に存在している。

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雪深い

 山間なだけあって辺り一面雪まみれ、それ市街地の道路際に比べて圧倒的に純な白であった。そこにもややテンションが上がる。雪原の中の林にポツンと立つ鳥居は、いつにも増して神聖なものに見える。

 

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 崖が多いためか、ところどころで法面工事が行われている。担当者の方の名字が神社と同じ「小坂」とあって想像が広がった。

 

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御頭御射宮司社(糠塚古墳)

  近くには御射宮司社も存在する。こちらはこの地の豪族の古墳に由来するとのことで、諏訪大社に関する記述は(案内板には)見られなかった。

 諏訪大社以前の勢力に関する研究は気になる所である。入諏神話の差異とか。

 

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信頼できる

 そのうちバスの時間となり、乗車。今度は湖の北側へ向かう。

 

一の御神渡り・湖北

 ここでもがっつり渋滞にはまり、30分ほどの時間ロスとなる。

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 見事な凍りっぷりを眺めつつ、じりじり進んで下諏訪町高木で降車。ここには、先ほど見た一の御神渡りの北端が存在している。

 

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 湊のそれに比べるとやや湖岸から離れているが、美しさでは勝るとも劣らない。まっすぐと道筋が続いている。 

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 北側へ少し移動すると、割れ目は湖岸と平行に広がっていく。ゴールラインのようにも見える。この辺りは波が生じにくいのか、あるいは温度が低いのか、他と比べても更に真っ白な平面となっている。スケートすら出来そうだが、当然ながら立ち入り禁止である。

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 わずかな湖面には鳥が集まっていた。避難所。

 

 そのまま30分ほど歩き、赤砂崎公園へ。こちらでも一の御神渡りを拝むことが出来る。

 

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すぐそこ

 ここは、他と比べて圧倒的に御神渡りの本筋が近い。岡谷市湊でも湖岸に来ているのは支流だった。こちらは神の歩いた道筋そのものが湖岸まで近づいている。見下ろすのが不敬に当たらないか心配になった。

 

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 遠景もまた見事である。先ほど見た対岸の光景まで、しっかりと道筋が繋がっている。昼下がりの気温上昇と、折からの好天が合わさり、少し融けた湖面が陽光を反射して輝いていた。せりあがった氷がそれを遮って影絵のように映し出されている。本当に綺麗だった。

 

上社行き

 しばらく回った後は下諏訪駅に向かう。まだ3時前と余裕があったので上社巡拝を画策。上諏訪駅足湯を経由して回復、と行きたい所だったが、バスの時間が合わず断念。いつも通り、茅野からの強行軍とした。

 

 前宮への道程は毎回駅ビルのトイレを借りるところから始まる。そこから宮川を越えるまでは毎度異なるルートを取っている。そのせいで時々迷う。

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 しかし、何故か毎度達屋酢蔵神社の前を通る。そのたびに参拝している。

 しばらく歩き、川とドンキを越えて下社前宮へ。

 

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冠雪狛犬

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本殿

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水眼と御柱

 前宮はかなり山際にある。市街地と比べれば除雪も控えめで、水眼も御柱も何もかも雪に埋まっている。上社への参拝は八度目であったが、冬の参拝は初めてだ。どこを見ても新鮮な景色に感じられる。

 

 参拝後、鳥居を経て西へ進む。守矢資料館も見たかったが、時間の都合で断念。

 

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 北斗神社も雪仕様。登拝は断念、下から拝む。

 

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 少し歩いて本宮へ。時刻は17時前、すでに日は傾いており、回廊がいつにも増して厳かに見えた。ゆっくりと見て回り、本殿へ参拝。

 

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 除雪が行き届いているとはいえ所々に雪。茶色と白の組み合わせに魅力を感じるのは何故だろうか。

 

 参拝後は博物館前のバス停へ。上諏訪駅行きのバスを待つ。

 しかし、乗ろうとしていたバスは土日祝に運行していないものだった。来ないバスを待ち、何本かバスを見逃して十数分、ようやくその事実に気が付く。見逃したバスを使えば駅まで行けたことにも気づき、そろりと焦る。

 駅に行ける次のバスまで1時間ほどある。ここで、駅まで徒歩での所要時間は1時間弱である。だったら歩いたほうがお得やんけ!と吹っ切れて徒歩行軍を選択。

 

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ハッピードリンクショップ・その2

 と勇んで歩き出したまでは良かったのだが、流石に疲労が溜まっていたらしい。リュックも預けぬまま歩いたことも災いし、肩と足と腰の痛みにあえぎながらゾンビのような鈍足で進む。豪雨の中命の危険を感じたかつての徒歩よりはマシ、と自分を勇気づけるものの、いかんせん体がついてこない。40分ほど歩いて諦め、バスに乗車した。

 

 

自主休息

 そのまま駅から少し手前のバス停で降車。この日の最終目的地、片倉館へ向かう。

 

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 ここはかつて製糸業で一財を成した片倉財閥ゆかりの公衆浴場で、昭和3年に竣工した歴史ある建物である。今でも当時そのままの湯を利用できる。ホームページの割引クーポンを使い入場、入湯。

 中には洗い場と二種類の湯船がある。特に中央にドンと位置した千人風呂は圧巻である。これは豆腐めいたそこの深い湯船で、立って入ることすらできる。横幅も広く、千人入れると豪語する名は伊達でない。どちらかといえば小さめのプールに近い。

 お湯はシンプルな単純泉で、ゆっくり温まれる。底に敷かれた玉砂利の程よい刺激も嬉しい。立ったり座ったり、内部の段に腰掛けたりしつつ浸かった。一日中溜めぬいた疲れがじわじわと解されていく。

 浴場の内装にも定評がある。ステンドグラス、彫像、レリーフ、タイルなど、各所に洒落た西洋のモチーフが散りばめられている。昼間に入ると更に綺麗であるそうだ。

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 しばらくしてから上がり、着替えてロビーへ。売店で苺牛乳を買って飲む。幸福の極み。

 

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派手になっていた

 入浴後は駅へ向かう。このまま帰る予定だったが、ここで悩みが生じていた。実はこの翌日、御神渡り御神渡りとして認定する八剱神社の拝観式が執り行われることになっていたのである。これを旅行中に知り、是非とも拝見したいとの野望を抱いていた。しかし、翌日には必修、しかもテスト前々回の講義が控えていた。予定外の行動であるしと散々悩んだが、結局五年ぶりの神事を優先。家に電話を掛け、一日延長の確約を取る。

 当然宿は取っていないので、下諏訪のネカフェへ向かう。東京と反対へ進む電車に乗り、家への終電も過ぎたところで覚悟を決めた。降車後、ネカフェ近くのテンホウへ。

 

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 いつもの如くテンホウメン。昼を抜いていたこともあり、五臓六腑に染み渡る。

 諏訪に来るとよく訪れる。スタンプカードに並んだ一年おきの日付を見ると懐かしい気持ちになる。このカードはもう新規発行が止まっているのだが、自分の物はまだ半分も埋まっていない。このペースで行けば、10年後には埋まっているだろう。途中で押してもらえなくなるかもしれないが。

 

 食後はネカフェへ着弾。翌日の予定を確認しつつ就寝。

 二日目へ続く。