2日目は予定通り5時に目覚めた。有料充電器からモバイルバッテリーを回収し、すぐさまバス停へ向かう。
次の目的地には伊香保から直通のバスが存在する。しかし、その始発は8時半と些か遅い。そこで私は、5時半のバスに乗って渋川駅→吾妻線で高崎駅→バス乗り換えというルートを取った。こちらの方が若干早いのだ(記憶によれば)。
ここで少々誤算があった。乗るつもりのバスは土休日限定ダイヤだったのである。これによって、直通便と大差ない時間になってしまう。何故伊香保で気付かなかったのか。
結果として1時間ほどの乗り換え時間が生じた。折角なので市内を散策する。
標準的な地方都市らしい見た目ではあったが、比較的駐車場が多い気がする。城下町らしく、古い建物がちょくちょくある。どちらかといえば行政の中心らしいピカピカのビルや四角い建物の方が多い。城要素はわずかに堀や土塁とやぐらを残すのみであったが、通常の地方都市といった区画が突然ぶった切られて城跡公園になるので目立つ。百貨店から一本道路を越えればすぐ城跡である。何らかの市が行われるらしく、公園には幟と仮テントが立ち並んでいた。
途中で何度か神社に参拝した。
鳥居一体型の諏訪神社。
頼政神社。源三位頼政公の御子孫が高崎藩主であり、その縁でこちらに御鎮座ましましているらしい。
狛犬が妙に印象に残る。
うろうろした後にバスに乗り込む。乗客は僕含めて二、三人であった。国道っぽい道をつらつら進み、営業所で一時休憩。再び進むと徐々に山深い道となってきた。
終点で降りるとすぐに大きな鳥居が見えた。ここから登れば目的地、榛名神社である。
かつては寺の管理下で、修行の場とされていた歴史もあってか、鳥居近くには宿坊が立ち並ぶ。イワナ料理の文字を見て少し惹かれたが、値段を見て正気に戻った。
門を抜けた後、しばらく続く参道はまるっきり山道である。無数の碑を横目に見つつ、川の横の崖上を歩いていった。対岸の崖を見ると時々洞穴があり、中には仏様が安
置されている。どうやら修行の場らしい。凄い。参道の脇道に秋葉神社などもあった。とても山らしい。
どんどん歩くと建造物も増えてくる。同時に道も険しくなる。岩の下を潜ったり細く急な階段を上がったりと山城らしさすらある。
神門、双龍門と抜けた後、境内の中心地に辿り着く。
拝殿。奥で幣殿・本殿と繋がる。さらに背後には大きな岩があり、その中に御神体が安置されているとのこと。つくづく山の信仰である。
建物は江戸後期に再建されたものが多い。明らかに仏式の建物もあったりする。
建物のいずれかが修復工事を行っていた気がする。写真は残っていなかった。
凝った彫刻が特徴的。我ながら写真を撮るのが下手......
双龍門。左右の際まで巨岩が迫る。
来た道を戻り川沿いに近付くと、参道とは反対側にも道が伸びている様子が見える。何らかの工事中なようで、作業の人々が談笑していた。金属の足場が現代文明めいて妙に浮いている。
塞の神様。このような山中に祀られているのは珍しい気がする。近くに関所があるらしいので、その辺の道と関連しているのかも。
参道を引き返し、帰途につく。途中茶屋前に水琴窟があったので、少し聴いて行った。ここはかなり良い音のする水琴窟だった。
やがてバス停に辿り着き、サテ次はどうしたものかと考える。時刻は12時。初めは榛名湖や伊香保に寄ってから日光に行こうとしていたが、何分時間が足りない。残念だけど伊香保は諦めて日光に行こう!と思い立ち、そのままバスに乗り込んで高崎駅に向かった。それが大きな過ちだった。
この判断には致命的なミスが2つ存在した。バス停ですぐに判明した1つ目は、日光が案外遠いということである。両毛線があるからすぐだろう、と見込んでいたが、そんなことは無かった。最速でも3時間かかる道のりである。何故前日の宿で調べなかったのか。無計画さが完全な仇になった。
この時点で到着は16時を回る見込みだった。仮に拝観時間に制限が無かったとしても大して見学は出来ない。そう冷静に判断できれば良かったのだが、まあ冷静では無かったので、日光に行かなければいけないという謎の強迫観念に駆られてバスに駆け込んだ。ググって出てきた拝観時間が17時までだったので、まあちょっとは拝めるだろう!と考えたのも一因。
焦りながら両毛線に乗り、揺られている最中で第2のミスに気が付く。拝観時間に夏冬の別が存在することである。検索結果のトップに出てくるのは夏時間であった。しかしその日は12/24、冬期間であり、実際に閉まるのは1時間早い16時であった。すなわち、駅に着いた時にはもう門が閉まっていることとなる。気付いた時には午後2時、伊香保に引き返しても帰れない。取り返しのつかないやらかしであった。
そのまま宇都宮観光でもして帰るべきだったが、気が動転していたのか日光へ向かっている。夕暮れの日光は門前街の情緒を深く映していて、歩きがいのある街だったけれど、肝心の門が閉じていては両手落ちである。気を紛らわせる為にお土産店(まだ開いていた)で湯葉を買って食べた。そのままJR日光線に乗って帰る。
己の欠点が全て結びついたかのようなミスであり、帰路では相当に落ち込んでいた。いっそ宇都宮に泊まって翌朝行ってしまおうかと、母親に相談の電話を掛けたほどである。その後夕飯の餃子を食べることで些か冷静になり、現実的な計画を立てられるようになった。一旦家に帰ってから翌日行くことにした。
宇都宮からは上野東京ラインに揺られて東京まで一直線である。危うく寝過ごしかけて飛び降りた。乗り換えて別の駅に着いた後、リュックを網棚に置き忘れたことに気づく。未だに冷静ではなかったらしい。家に帰り、忘れ物確認の電話をして寝る。
3日目に続く。