2020/03/16

行動

 10時起床。

 朝食を食べ、BSプレミアムの重機番組を見てから大学へ。

 昼食をすた丼で済ませ、ラボに向かう。リモートデスクトップの調整をした。割とすぐに何とかなったので退却、続きは家で行うこととする。学生課で書類を貰って帰る。

 帰りがだいぶ早くなったので寄り道を画策。しばらくして高輪ゲートウェイの存在を思い出し、向かうことにした。

 その駅で降りる人は僅かであった。しかし流石は新駅、構内には人だかりが出来ている。皆カメラやスマホを構え、各種案内板等目新しい物物の写真を撮っていた。年齢層は様々だが、明らかに鉄っぽい雰囲気を漂わせる人もちらほら見られる。かくいう私もその一人である。

 当然だが駅は各所が新しく清潔である。トイレやベンチの形状も最先端。今はまだ京浜東北線と山手線が停まるのみであり、敷地自体は狭い。しかし駅内外で工事が進められている。羽田の新線が出来たらきっともっと広くなるのだろう。いつになるか分からないが。

 用を足してから駅を出て、券売機でICカードの利用履歴を印字。高輪ゲートの文字が刻まれている。ついでに入場券も買い、記念スタンプを押して駅を後にした。

 

 工事現場を横目に見つつ大通りに出ると、泉岳寺駅の出口が見えてくる。分かりやすい駅名の通り近くには泉岳寺が建っている。折角なので参拝。 

 泉岳寺曹洞宗の寺院である。家康公に縁のある古刹だが、それ以上に浅野内匠頭赤穂浪士墓所があるという点でよく知られている。まずは本堂に参拝、鐘楼など見て回る。今あるのは大正に作られたもので、古い方の鐘楼は今ウィーンの民俗博物館にあるらしい。何故ウィーン.......?

 参拝後、山門の左側に進むと前述の墓所がある。立派な門をくぐると墓守の方の小屋があり、更に数段上がったところに葬られている。てっきり合祀かと思っていたが、四十七士全員にきちんと墓碑が建てられていた。大石内蔵助の墓に手を合わせ、墓所を後にする。以前一人だけここに墓碑のない浪士が居ると聞いた覚えがあるが、確認できなかった。

 江戸の頃から名が知れていたことはあり、参道の土産物屋も忠臣蔵一色である。勉強会も開かれているらしい。あまり関係なさそうな酒屋にも、店頭にでかでかと「播州赤穂の酒」と示されていた。

 

 泉岳寺からもしばらく歩き、田町の方を目指す。途中某の科学の講堂前を通った。ポスター曰く、なんと説教を聞くだけで免疫力がつくらしい。しょうが湯並みの御利益がある。それ以外は閑静な住宅街と雑居ビルといった様相である。丁度台地のてっぺんを歩くようなルートであったらしく、周辺への道はいずれも下り坂であった。芝の浜も近いし、かつては入り江だったりしたのだろうか。

 道中で亀塚公園という名前を見掛けたので寄って見ると、やはり中に古墳があった。しかし副葬品等は見つかっておらず、古墳と確定は出来ていないとのこと。どちらにせよ今は築山めいたシンボルになっており、頂上には石碑がある。今年の大河でよく見る土岐氏に縁があるとか。

 続いて路地を下り、桜田通りへ。道中寺の多い一帯を通った。調べると、幕府の政策で寺が集められた地域とのこと。特に参拝はせず、慶応大方面に向かう。

 馴染み深いケーヨーデイツーを過ぎ、寄り道しつつ慶応大を過ぎて田町へ。ハナモという印象に残る名の花屋を見掛け、少し歩くと同名の動物病院も見かけた。代表が同じ苗字の方であったから系列であろうと思われるが、中々不思議な取り合わせである。道中三田二郎の横も通った。14時半過ぎというのに折り返しまで列が伸びている。しばらくご無沙汰しているし、いずれ行きたい限りである。田町付近の500円ランチ食べ放題のさくらや水産はてけてけに変わっていた。悲しい。

 

 田町駅を越えて母校を遠目に眺め、向かいの総合ビルへ。テナントは揃ってきているが、まだまだ工事中の部分が目立つ。しかし想像以上に大きな複合施設になるらしい。完成時まで母校が持っていれば使いでもあるだろう。ケバブ屋は残念ながら戻ってこなさそう......

  そのまま運河沿いにしばらく北上。懐かしの男女平等センターや東京モノレール高架を過ぎると、ゆりかもめと首都高が近づいてくる。運河を練り歩きながら港の方に向かい、ゆりかもめと並行して歩いた。しばらくすると日の出桟橋に到着。

 

 水上バスやクルーズ船の船着き場でもあるため、ターミナル内は意外と充実している。色々と物色。今の状況でも東京湾クルーズは出るらしいが、あいにくの強風とあって休航。接岸したままランチはするらしい。他の水上バスは通常通り運航していたが、乗客は見当たらない。トイレを借りて退出。帰り際に海外向けパンフレットを見ると、アニメ聖地巡礼コーナーが設けられていた。さらざんまいが強く推されている。

 海岸伝いに竹芝桟橋へ向かう。運河の河口にはゆりかもめがうじゃうじゃ集っていた。まだ越冬は済んでいないらしい。天気は快晴、強風が来ると一斉に飛び立って綺麗だった。テラス沿いに海・船・鳥を眺めつつ歩き、ターミナル内に降りてまた物色。

 ここは東京都の島嶼への玄関口として有名。故にお土産コーナーには嶋野名産品が並ぶ。くさやもあった。冷やかしだけして待合室へ。コロナの注意喚起があちこちに貼られており、乗船時にも検温があるとのこと。島への持ち込みに神経使うのは仕方ない。

 各種観光パンフレットや地元の小学生による紹介ポスターも掲示されている。式根島が温泉天国という情報は気になる限り。取り敢えず大島から狙っていきたい。いずれは三度目の小笠原を敢行したいが、どうにも休みが足りない。6泊は欲しい。航路の展示もあり、調布からヘリで行けることを知った。いくらするんだろう。人が住んでいる島にはもちろん関連する展示があるのだが、加えてかつて人が住んでいた硫黄島に関する展示もあった。帰還の可能性を訴える掲示もあったが、それも既に日に焼けている。

 少し椅子で休憩した後、帰路へ。東京湾を泳げれば楽なのだが、そうもいかないので歩いて帰る。途中築地を通ったが、17時も近いころとあってはどこも閉店済み。一度駐車場跡の施設には行ってみたい。

 帰宅後はRFA,風呂,夕食,MtGA,さ技師動画と流して就寝。

 

食事

朝はパン。

昼はにんにくすた丼。

夜は魚。