九月二日-下諏訪・甲府

諏訪湖の朝

 3時過ぎに一旦起き、そのまま出ようかと逡巡したが200円課金による睡眠を選んだ。5時過ぎに再び起床。荷物を纏め、外に出る。

 秋分が近いとはいえ、まだまだ日の出は早い。もう空が空らしい色に染まっている。昨日の曇り空から一転して晴れたのは嬉しいニュースである。あまりに晴れて気分が良いので、少々回り道して湖へ向かうこととした。

 

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 ネカフェから徒歩3分ほどで湖に着く。思い返せば、以前御神渡りを見に来た時も同じルート・同じ時間であった。かつての極寒と幻想的な氷の湖が思い出される。その時は上諏訪側へ向かったが、今回は下諏訪側へ歩いていく。

 早朝の湖畔は静かである。音といえば鳥や虫の声と、時々通るランニングの足音くらいで、他はほとんど自分の発するもののみであった。時々遠くから響くエンジン音が、まるで別の世界から来たように感じられる。これも湖の特権だろうか。

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富士見の名所らしいが、この日は...

 風がほとんど吹いておらず、昨日の上諏訪側では多かった藻も少ない。一糸まとわぬ水面が曝け出され、湖は鏡となっていた。

 

 所々に水際まで降りられる場所があった。近づいて対岸を眺めていると妙に楽しい。まばらに車が通り、脇道に入ったり停まったりする様子が一日の始まりを思わせる。これは長居できるなあと思ったが、蚊の存在に気付いて早々に撤退した。

 

 歩いている最中、船々を見かけた。モーターボードが先導し、その後ろをカヌーが追いかけている。何かの練習だろうか。湖面には他に動くものがおらず、二艘の船だけがゆっくりと進んでいた。時間感覚が狂いそうな眺めである。後方には規則的な波が広がり、鏡面は崩されてしまっていたが、この風景もまた綺麗である。車とはまた違ったエンジン音が響いている。

 

 近くの湖面の少し上に数字がぶら下がっており、レーストラックのような並びとなっている。その手のスポーツも行われているようだ。藻が少ないのは、彼らの功績なのかもしれない。

 調べたところカヤック体験などもやっているらしい。「諏訪の景色を湖から!」「普段見られない初島へ!」などという宣伝文句が自分に刺さって仕方ない。いつか乗ってみたい。

 

 

 下諏訪駅の南まで歩いた辺りで曲がり、町へ向かった。6時を過ぎるとそこそこ人出がある。くたびれたランニングに灰色の短パンという、頭から爪先まで地元の方という感じのおじさんなど見かけると妙に興奮する。掲示板に目を向けると、下社春宮境内でラジオ体操をやっているという旨の張り紙があった。羨ましい。

 

 

 駅からはジャージ姿の学生が続々と出てきた。部活の朝練だろうか。横目に見ながらリュックをロッカーに預けた。

 

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ハッピードリンクショップ・その1

 

朝風呂

 しばらく歩き、下諏訪の町を突っ切る。よくある地方の町と見せかけて、その辺で垂れ流されている水を触ったら熱かったり、排水溝から謎の熱気が立ち昇っている辺りは流石の温泉街である。

 ネカフェから一時間ほど歩き、ようやく最初の目的地へ着いた。

 

 屋号は新湯でありながら昭和16年開業である。それだけ温泉街としての歴史が古いということだろう。

 昨日買ったチケットを渡し、ネカフェで乾かした(しかし湿っている)タオルを携えて浴場へ。早い時間であるが、先客が二人いた。五時半から開いているのが下諏訪銭湯の魅力である。隣で体を流し、湯船へ入る。

 ここの洗い場は湯が出る蛇口が複数と冷たい水が出る蛇口が一つのシンプルな構成だ。風呂も大きい湯船が一つのみとこれまたシンプルで、共同浴場らしい趣がある。お湯はしっかりと熱く、泉質も合わさって芯まで温まる。

 少し早めに上がり、体を冷やしながら次の銭湯へ。坂を登っていくと、道端にちょくちょく中山道関連の看板が目に入る。昔宿場があった家の前に、その宿の屋号を掲げているそうだ。ガイドブックや案内板もそうだが、下諏訪町はこの辺りの雰囲気作りが非常に上手いと思う。町全体で統一されている。

 

 坂の上には旅行漫画「ぱらのま」の聖地が。終始頷ける良漫画なので旅行好きは是非読もう!一人旅星人には特にお勧めだ!

 聖地と化した案内板に従い、旦過の湯へ。

 

 

 ここで三湯めぐりのスタンプを埋めた。今度はほとんど乾いていないタオルを片手に浴場へ。体を流してスッと入る。

 漫画でも主人公が言及していたが、旦過の湯は筋金入りの熱湯に定評がある。「やや熱い」と書かれた湯船ですら43℃、「熱い」と書かれた湯船に至っては何と46℃である。何度か来て試しているが、未だに熱い方の湯船には数秒入るのが限界である。溢れた湯を踏むだけでも痺れるほど熱い。平然と浸かっている地元の方にはもはや畏敬の念すら覚える。以前番頭さんと話をしたが、慣れれば平気らしい。本当か?

 室内とは異なり、露天風呂は優しい温度である。露天風呂とやや熱い風呂を行き来しながら浸かった。長く浸かると体が音を上げるとは言え、熱い風呂は心地よい。外に出て体を冷やしたときの開放感は癖になる。しばらく堪能し、のぼせる寸前で上がった。

 

 

 着替えた後には八ヶ岳高原牛乳を飲み、最高の快楽を味わった。そのまま入り口前の休憩スペースでしばし休憩。やや不作法ではあるが、やって来た地元の方と番頭さんの会話に聞き耳を立てる。かなりご年配の方だったが、話の内容がやたらアクティブでビビった。

 聞き耳を立てつつ、予定構築のために色々調べていた。霧ケ峰に行くにはやはりバスの時間が厳しく、遅くとも10時過ぎには下諏訪駅を発たねばならない。しかし現在8時、これから下社を回っていくとなるとギリギリの時間になる。他に見てみたい所もあったし、迷う所である。迷いながら出発し、西へ進んだ。

 

 下諏訪の弱点として、朝食を食べられる店に乏しいことが挙げられる。喫茶店が二つ三つといった程度であるし、そこそこお値段も張る。こんな時に頼りになるのが西友である。周辺の店が殆ど締まっていても五時半~十時半営業を敢行する胆力に幾度となく助けられている。今回もここで朝食を購入。あんパンと1L のお茶を購入した。ご当地パンのような物が存在しないか探したが、残念ながら見つけられず。その過程で八ヶ岳高原牛乳の2Lパックを見つけて驚いた。地域限定かと思っていたが、後に調布の西友で再会して再び驚いた。

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レトロ薬局

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春宮前の無人販売所(?)



 

下社巡拝

 

 

 西友から5分ほど歩くと、諏訪大社下社春宮に着く。手を洗ってから参拝。

 

 

 

 とっくにラジオ体操は終わっていて、境内は静謐に包まれている。とはいえまだ朝であり、見かけるのはほとんどが地元っぽい方々だ。いつも通りに参拝を終え、いくらか写真を撮って退出する。帰り際に絵馬をちらと見ると、やはりと言うべきか、聖地めいたものになっていた。

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改修工事があるらしい

 春宮を出た辺りで、時計と相談して霧ケ峰行きを諦める。そうと決まればやることは一つ、下諏訪巡りである。

 

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 まずは巡拝の続き。三角八丁の斜辺を歩いて秋宮へ向かう。少し離れた所には高台の慈雲寺への階段があり、周辺には庚申塚を始めとした各種の石碑が多数並んでいる。階段の途中には信玄の矢除け石もある。この辺りを対象とした磐座信仰が下社春宮に関連しているのではないか?というツイートを後日見かけ、再訪しておけば良かったなあと後になって思うが、この時はスルーしていた。

 

 その他にも、道沿いには下社関連の史跡がいくつかある。春と秋のほぼ中間地点にある御作田社もその一つだ。小規模ながらも立派な社地を有している。外の垣からお湯が垂れ流されている所はやはり諏訪である。

 

 「ここの田に植えられた苗は一ヶ月で穂が出る」という伝承があり、下社七不思議のひとつに数えられている。境内の片隅には実際に田んぼが鎮座していた。青々とした稲が育ち、微かに穂が出ていた。

 

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 この道は中山道という属性も持つ。立ち並ぶ宿屋号看板や、古い石碑が旧道であることを雄弁に語ってくれる。秋宮近くには、数々の歴史の舞台となった下諏訪宿本陣も存在する。例のガラスの里館長がご当主であられる家である。

 同じく現存する建物として、幕末旧商家の伏見屋邸が途中にある。見たかったが、この日は休館日であった。無念。

 

 中山道から更に山側へ登ったところには新道も存在する。新道と旧道の間には家が立ち並んでいて、間を結ぶ路地が中々の斜度を見せている。山間の町らしい路地である。

 

 

 そうこうしているうちに下社秋宮へ到着。時間のこともあり、春宮に比べるとやや人が多かった。

 

 こちらもいつも通り参拝。毎度のことながら、神楽殿狛犬の大きさに圧倒される。参拝後に宝物殿にも行こうとしたが、拝観時間の30分前であった。後に回して次の目的地へ。

 

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秋宮近くの三角地

 

オルゴールと時計と黒曜石

 まず向かったのは日本電産サンキョーオルゴール記念館、すわのねである。

 諏訪の更なる特徴として、近代以降は精密工業の町として発展したことが挙げられる。岡谷地域の製紙業に端を発し、カメラ・時計などを中心に高い生産量を誇っていた。現在でもその傾向は健在で、セイコーエプソンの本社が存在していたり、諏訪圏工業メッセが毎年催されたりしている。ガラスの里のお土産コーナーにあった工業品もその一環だろう。ここはそんな諏訪発企業の一つ、日本電産サンキョー(旧三協精機製作所)が運営している博物館である。

 受付でおいでやとの共通券を買って中へ。入口で体験プログラムやショーの案内を受けた。僕の他にお客さんはいないようだが、本当にやってくれるのだろうか。

 

 入り口入ってすぐの展示室では、日本のオルゴール史が示されている。戦前のからくり時計から、戦後の流行、衰退と電子オルゴールへの転換までの流れが示されていた。実物も年表と共に展示されている。

 ゼンマイを用いる都合上、オルゴールは時計と共通する部分が多く、生産地も被っていたらしい。それは東洋のスイスと呼ばれた諏訪も例外ではなく、一時期は世界で八割のシェアを誇っていたそうだ。凄い。

 展示室内にはサンキョーが誇る最先端のオルゴール・オルフェウスも展示されている。視聴コーナーで音源を聴くことも出来るし、買うことも出来るらしい。後から調べたところ、実物を動かしてもらうことも出来たようだ。気付いておけばよかった。

 

 次は二階の展示室へ。こちらでは世界のオルゴールと、それに伴う歴史が展示されている。

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カリヨン

 オルゴールの始まりは、教会の鐘の時計に合わせた自動演奏であったらしい。時計と関連しているのも道理である。この頃から既に回転するシリンダの突起で櫛歯を弾く方式であったようだ。元は櫛歯と鐘を連動させていたのが、次第に歯そのものを鳴らすようになり、現在の物へ近づいていく。

 古い時代のものでも、非常に精密に作られていたことが印象深い。親指サイズの印鑑にオルゴールが仕込まれているという説明には仰天した。押す時の力でゼンマイを回すらしい。ウン百年前によくそんなことが出来たものだと思う。こういうものを見ていると、幕末作品に出てくる超科学からくりも可能なのではないかと思わされてしまう。

 

 見ているとすぐに館内ガイドの時間となった。聞き手は自分一人であったが、懇切丁寧に説明&実演を行ってくださった。ありがたい。ここの凄い所は大体のオルゴールが動態保存されている所で、そのままの音色を聴くことが出来る。

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シリンダ式オルゴール

 説明は時代順に行われた。まずはシリンダ式オルゴールである。学校の机程はあろうかというどでかいものであり、当然音階の多さも卓上オルゴールとは段違いである。その上、ドラムの位置を少しずつ移動させることで、一回転より長い時間演奏できるようになっているそうだ。クラッチを用いているとの説明だった。

 附属する回転体が気になったので聞いたところ、ゼンマイの速度調整をするための風車らしい。早く回るほど抵抗を受けることを利用していて、ゼンマイ動作のものなら何にでも仕込んであるとか。よく考え付いたものである。机の引き出しには替えのシリンダが入っていて、他の曲も聴けるようになっていた。

 

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穴の数=音の数

 お隣はさらに大きく、食器棚くらいのオルゴールである。当然家庭用ではなく、酒場に置いてあったものであるらしい。そのためか、コイン投入口がついていた。動作確認の際もキッチリとコインを入れるところから始めてくれた。

 このオルゴールはディスク式であった。円柱を用いるシリンダ式とは外観がだいぶ異なり、棚の上面に巨大な円盤が鎮座している。この円盤の裏には突起がついており、回転しながらシリンダと同様に櫛歯を弾いて音を出す、という仕組みである。ディスクは入れ替え可能で、後のジュークボックスに近い使われ方をしていたそうだ。

 実際に取り外したディスクを見せてもらうことが出来た。裏側の突起にはいくらかはんだを持った跡がある。なんでも、突起が取れやすいため、ちょくちょく修理を行っているそうだ。半分くらいは修理跡があり、苦労が偲ばれる。200年経っているものもあり、ガタが来ているのだとか。

 

 実演で聴いた時には心底驚いた。フルコーラスか何か?と思うくらい、音が多く、そして厚いのである。オルゴールの素朴な音色からは想像もつかない壮大な音色であった。このためだけにも来る価値があったと思えるほどのものである。

 ディスクオルゴールは何台か並んでいて、それぞれ異なった曲が聴ける。実演は一局だが、もちろんディスクは入れ替え可能で、下側に幾つか置いてあった。酒場に置かれていた物らしく、郷土の曲や、流行りの曲が主である。オペラ「ミカド」のオルゴールなんてものもあった。曲より題名に驚いて聞いてみると、どうやら本当に19世紀頃に上演されていたらしい。しかも大流行りだったとか。後で内容を調べたら中々に酷くて笑った。その時代らしい人種観である。

 

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ベル付き

 

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ラ・マルセイエーズ

 時代が降るとオルゴールも凝ってくる。ラ・マルセイエーズに合わせて騎馬がグルグル動くものや、鐘や鉄琴まで同時に鳴らせるようにしたものなど様々である。煮詰まってきた感がある。その後のオルゴール業界は、禁酒法・蓄音機・世界恐慌と連続攻撃を受けてほとんどの会社が倒産、衰退してしまったそうだ。

 

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米式自動演奏機械

 オルゴールの他にも、少数ながら自動演奏機械が置かれていた。電動式の物はアコーディオン・木琴・太鼓その他といった大所帯で、やや騒がしいくらいに鳴っていた。手回し式のアコーディオンも置かれている。紙に開いた穴で空気を調整して鳴らすのだとか。やってみたが、テンポを一定に保つのがかなり難しい。自分のリズム感の無さが影響しているかもしれないが。

 

 

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 一通り説明を頂いた後、じきにショーが始まるとのことだったので、適当にうろついていた。その後館内アナウンスを聞いて会場に向かったが、やはりというか自分一人である。それでもやってくれるらしい。肩身が狭い。仮に自分が来なかったとしたら、この回は休みだったんだろうか。

 

 結局一人のまま始めてくれた。音の魔法を操る魔女が青年に掛けられた猫化を解くために色々な音を探すというストーリーで、有り体に言えば、子供向けのやつである。実際にそれっぽいコール&レスポンスなどもあり、ちょっと楽しかった。コールが敬語になっている所には申し訳なさを感じる。途中で他の方が来たのは助かった。

 流されるオルゴールは計四台。どれもディスクオルゴールで、やはり音に迫力がある。時代・曲調の違うものが並べられているので飽きない。曲に合わせてコスプレする猫君も見所。星になったりしていた。余談だが、ここの演奏で初めてラデツキー将軍(人)・ラデツキー行進曲(曲名)・曲の内容を対応させることが出来た。

 終了後に魔女役の人と写真を撮れるとのアナウンスがあったが、流石に遠慮した。チラシを見ると結構名のある女優さんらしい。

 

 一通り中を見た後、ミュージアムショップへ。ここも中々面白く、奥の壁には様々な曲のオルゴールがジャンルごとにずらりと並んでいる。曲だけ買ってガワを選ぶ、ということも出来るそうだ。種類も豊富で、民謡やポップからアニソンまで並んでいる。「哀戦士」など味のあるチョイスが面白い。野球界からも二曲選出されていたのだが、「栄冠は君に輝く」に加えて「六甲おろし」がある所をみて爆笑した。阪神ファンは強い。そう思って見回っていたら、他のオルゴール売り場に「闘魂込めて」内蔵のジャビット人形があってもう腹を抱えた。「待望の!」ってポップがついてる所、好き。

 音楽ランキングもある。圧倒的米津玄師。27位に「信濃の国」がランクインしていて嬉しい。

 ショップの奥には体験会場もあった。予約すればオリジナルのオルゴールを作れるとのこと。今度やってみたい。 

 

 すわのねを出て、共通券のある下諏訪今昔館おいでやへ。時の科学館と考古学博物館が一緒になって出来た建物である。入り口横にある足湯にはお世話になっていたが、入るのは初めてだ。

 

 入ると、水運儀象台のデモをやっているとの案内があった。急いで向かい、様子を見る。

 この儀象台は、900年前の中国にあったものを復元したものだそうだ。ざっくり言えば水時計天文台+カレンダーといった作りで、水車の動きを巧みに伝えて全体が動かされている。実際に水力で動作している様子を見るとオーパーツとしか思えない。

 

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口調に反して身振りが豊か

 それ以上に印象に残るのが、儀象台の片隅で案内をしてくれる人形である。音声ガイドに合わせて身振りをしているのだが、上半身全体が滅茶苦茶雄弁に動いていた。それでいて表情が変わらない。職員さんは蝋人形だと仰っていたが、どうみても蝋にはあるまじき滑らかな動きであった。あれは何だったのか。

 儀象台は中に入って見学することも出来る。ポンプで水を組み上げている以外はほぼ復元そのままの動作らしい。暦だけでなく天球儀まで自動設定とあって驚いた。また、至る所に「当時の技師がいない為修理できません、優しくしてください」という旨の張り紙があり、緊張する。

 

 

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 一通り見て回った後は、一旦中庭の考古博物館へ。ここでは主に縄文遺跡について扱っている。どうやら下諏訪の北側では黒曜石が取れていたらしく、それに関する展示がなされていた。今でも県道沿いに露頭があるらしい。地下では発掘に関するビデオが流されていて、調査の様子を見ることが出来た。地層、削られた様子、同時に発掘されたものなどから、様々な事を推理する過程には惚れ惚れする。失敗作ばっかり出てきたところが加工場と推測されているらしく、妙に親近感を覚えた。

 ここの黒曜石は、一地方に留まらず、全国的に意味を持つものであるらしい。なんでも、諏訪原産と思われる黒曜石が遠く青森の方でも出土しており、逆に青森の方の土器がこちらで出土する例もあったという。縄文ロマンの極致である。あること無い事縄文時代に押し付ける人々がいることも納得できる。あまり好ましくはないが。

 

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青塚古墳


 他の時代の遺跡も諏訪には残っている。特に、博物館の二階からは目の前の青塚古墳がよく見える。古墳時代からの地方豪族であり、諏訪大社下社に深いかかわりを持つ金刺氏の古墳と見られているらしい。諏訪地域では唯一の前方後円墳とのことだが、まあだいぶ崩れているのではっきりとした形は見えない。他にもこの辺りには時代・場所・地位の様々な古墳があり、研究対象となっている。以前読んだ本には、伊那の方と繋がった分布があることから、そのあたりに古い移動ルートがあったのではないか、という話も取り上げられていた。諏訪大社の祭りといい、摂社といい、とにもかくにもロマンのある地域である。トンデモ論も出て来ようというものだ。

 

 一通り見た後、古墳を見ながら甲州バスに電話を掛けた。次の目的地へのバスの出発時刻が、近い電車の甲府着時刻と全く同一であったため、待ち合わせの有無を確認したのである。案の定、待ち合わせは無かった。これにより、予定がやや早まることとなる。

 とは言えまだ見終わってはいない。続いて時の科学館へ、と思って中庭に出た所、他に来ていた方から声を掛けられる。御柱祭のビデオ上映を伝えに来た、とのことだった。礼を言ってシアターホールへ向かい、ビデオを見た。

 おんばしら館その他で何度か映像を見たことはあるが、何度見ても良いものである。今回は地域の準備が主に映されていた。木遣りの練習など、いかにも祭りへの備えという感じがして良い。しかし、盛り上がるのはやはり木落としと建御柱である。木遣りの声、ラッパの音、豪快に下る御柱とくれば否応にも興奮してしまう。自分が木落を見に行った時は遠い席・長い待ち時間という状況下で、それでも大興奮したのだから、近くで見たら超興奮するのは道理である。3年後に控える御柱祭では予定繰りが難しそうだが、何とかして建御柱も拝みたいものである。

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 映像を見て出ると時間は結構ギリである。やや駆け足で二階に登り、時計に関する展示を見て回る。科学館らしく、機構に関する展示が主であった。「いかに周期性を保つか」という一点について様々な工夫が凝らされていく様子は見ていて面白い。脱進機などよく思いついたものだと思う。

 古い時計もいくつか展示されていたが、駆けながらの見学となってしまった。リベンジ必須である。

 外に出た後は、一旦おみやげ館へ向かって買い物をした。吟味した結果間に合わないレベルの時間になってしまい、必死に走りながら駅へ向かう。ロッカーキーの番号がカスれて読み取れず、ややパニックになったが、何とか乗車することが出来た。諏訪を離れ、終点の甲府に向かう。

 

昇仙峡

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武田信玄甲府

 まずは甲府駅に到着。一本早い電車で来たため、バスまでは35分ほどの余裕がある。ほうとうは夕食に回し、昼食にラーメンを食べに行った。

 

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 らあめん青葉の鳥もつセットである。ラーメンは旭川ラーメンであるが、鳥もつが甲府名物であるらしい。コリっとしたレバーといった風味で、これが中々に美味しい。味はねっとりと濃く、ご飯によく合う。酒を頼まなかったことが悔やまれる。ラーメンも美味しかったが、鳥もつ用についてきた山椒を呼称と間違えて掛けてしまい、独特の味となった。GABANがもうちょっと見分けやすいパッケージにしてくれれば事故が減るのではないだろうか。 

 食後はお土産を物色した。信玄餅の手広さ(カントリーマアム信玄餅味まで存在する!)に驚嘆しながら時間を潰す。バスの時間が近づいた辺りで停留所へ向かい、地元の小学生集団と混ざりながら待機する。

 バスは10分遅れて到着。これなら一本遅らせても良かったなあと思いつつ乗り込み、進んでいく。目的地の昇仙峡は甲府盆地外縁の山の中ではあるが、市内からは意外と近く、40分ほどで到着する。その間、段々山めいていく車窓を楽しんでいた。ほとんど市街地を走っていたのに、角を曲がって五分したらすぐ山道、というのは盆地らしい光景だと思う。後、件の小学生集団は山梨第一高校前のバス停で降りて行った。実は高校生だったりするのか?

 車窓を眺めながらも、車内ではまた選択肢に対する迷いが生じていた。目的地の昇仙峡は全長5kmほどにまたがって存在するらしく、始点・中間・終点それぞれにバス停が存在するのである。終点で降りて始点に向かうかその逆か、いくらか迷ったが、終点における店舗の多さを信じて始点で降りる方が良いと考えた。

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ハッピードリンクショップ・その2

 そう決めたものの、十数人はいようかという乗客の中で、始点で降りたのは僕含め二人のみ。開幕早々不安がよぎる。バス停周辺にも、店は閉まった食堂と山梨名物ハッピードリンクショップしかない。どうしようもないので取り敢えず歩いた。

 

 

 昇仙峡はその奇景・絶景で知られる渓谷である。それを形作った川を渡り、遊歩道に突入する。

 

入口にはここの名を示す碑がいくつかあった。うち一つには「秩父多摩甲斐国立公園」と書いてある。ここから秩父まで同じ山系なのだろうか。スケールが大きい。

 

 遊歩道の反対側には神社の案内がある。石碑の一つに「御嶽」とあったし、何らかの信仰があったのかもしれない。

 

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歴史がある

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 遊歩道に入ってからは一本道である。緩やかな上り坂を淡々と登っていく。とはいえ眼下には激しい渓流、見上げれば荒々しい岩肌と広がっており、常にワクワクする。

 

 

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亀石

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オットセイ石

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猿岩


 流れの中にはちょくちょく名付けられた奇岩がある。一部やや適当なネーミングもあったが。

 

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 対岸にも何か建物があるようで、時々橋が架かっている。初めのうちはつり橋を見かけては無意味に揺らしたりしていたが、結構な数があるのでじきに飽きた。 

 

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軽車両扱い

 遊歩道は休日のみ車両通行止めとなっている。当然標識もあるのだが、馬車に関する表記があって驚いた。休日は通るらしい。

 

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熊石

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大仏岩

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松茸石

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寒山拾得



 奇岩はまだまだ続く。判別しづらい名前も多い。松茸石......

  少し進むと一旦川から離れ、天狗伝説の森に出る。ここまで歩いて30分ほど。帰りのバスはこの時から1時間後であったので、焦って地図を確認しながら歩いて行った。今思えば歩きスマホである。

  川沿いには川側に向けられた看板が定期的に置いてあった。何かと思っていたが、どうやらダム系統の看板であったらしい。「放流 危険」といった旨の看板であったが、この段差を降りてあの激流に行く剛の者に通じるのだろうか。

 

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 しばらくして、駐車場のある中間地点に辿り着く。ここから歩くのもモデルコースの一つとされている。そのためか、近くには土産物屋が立ち並んでいた。中でも、店頭にデカい水晶(非売品)・ケバケバしいが妙に達筆なポップの数々・いつの時代か分からない宣伝ポスター・イートインという役満クラスのお土産物屋があったことには感心した。これまたお約束のように、熱心に休憩を勧められたが、時間がないため丁重に断って先へ進んだ。

 この辺りは水晶が有名なようで、至る所に並べられている。土産物屋に水晶、お洒落なカフェの店頭にも水晶、鉱物屋にも当然水晶。建物が並んで視界は悪いが、ちょくちょく奇岩が見え隠れしている。

 

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頼もしい

 商店街を抜けるといよいよ遊歩道も終盤だ。ここからが見所であるらしく、期待しながら進んでいった。

 

 しばらく歩くと猫の集う軽食屋(休み)がある。その先にあったのは、聳え立つ二つの巨大な岩肌である。

 

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左が天狗岩、右が覚円峰

 見事な露出である。もはや畏敬の念すら生まれる。信仰が生じていたのも納得。今までの岩含め、これらの絶景は全て花崗岩が浸食作用を受けたことで形成されたものであるらしい。黒曜石もそうだが、異様な岩石には妙な感動を覚えてしまう。

 覚円峰という名前は、同じ名前の上人が上に登ったという伝説に基づいたものであるらしい。さぞかし良い眺めであっただろう。

 軽食屋から川沿い迄降りることが出来た。川の音も間近に聞こえる中で、しばし眺めていた。

 

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天狗岩(至近)

 

 ややあって道に戻る。この辺りからは道幅も川幅も更に狭くなっており、荒々しい岩肌が両側に迫る。途中までは常に天狗岩が見えており、天狗の見晴らし台としての機能性を実感した。

 

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 しばらく進むと、石による天然の門がある。ヒヤヒヤしながら潜った。

 

 

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 石門の後は再び川を渡る。先の道は上部を岩に覆われており、鍾乳洞の興奮を思い出す。走り出したくなってしまう。

 

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 さらに歩き続ければ、川のある種の終点、不動滝に辿り着く。規模は小さいが、それでも迫力がある。目を逸らしても轟音が響く所が良い。近くには支流らしき小さな流れもあった。初めは気付かなかったが、家族連れが虚空に向かって自撮りをしていたことから気づいた。

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滝の上

 鳥居をくぐり、境内を抜けると、滝の上に出る。意外なほどに穏やかである。

 その先はアーケード付き商店街になっている。やはりこちらが観光拠点であるようだ。ほとんどの店が閉まっていたことは誤算であったが。水晶推しはここも変わらず。水晶の土産物店、水晶加工体験の工場、宝石すくいなど様々に並んでいた。試飲も出来るワイン王国なんて素敵なお店もあったが、残念ながら閉店時間を過ぎていた。

 商店街の先はやや開けた道になっている。渓谷とは打って変わって文明化された雰囲気である。すぐの場所にバス停があったが、バスの時間まで30分ほど余ってしまったので散歩した。

 

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 道沿いには、まばらながら民宿・カフェ・土産物屋などが並ぶ。水晶博物館もあり、派手な外観が気になったが、こちらもやはり閉館済み。その先にはロープウェーの駅がある。ここから更に登れるらしい。頂上に八雲神社があるとか。道も駅の先へ続いており、滝や神社やその他色々とあることが示されていた。いずれまた来たいものである。

 バス停近くに道の駅があったので、買い物のため10分ほど早めに戻った。しかし、道の駅も閉店済み。仕方ないので座ってバスを待ち、乗り込んだ。何だかんだで6kmの上り坂だったので疲労が激しい。リュックをロッカーに預けるべきであった。これまでの蓄積もあり、車窓を見たり寝たりスマホを落としたりしながら進み、駅へと着いた。

 

 到着時刻は1800。日も落ち掛けであった。ほうとうを食べようかと考えたが、早く変えることを優先し、コンビニおにぎりを買って夕食とした。そのまま駅に入り、中央線を乗り継いで東京へ。

 東北本線東海道線と比べると、中央線は都会への移動がより鮮明に感じられる。途中までずっと山の間を行くことも一因だろうか。立川辺りでやたら明るくなったなあ、などと思いつつ、寝たり起きたりしながら進んだ。

 

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おかき屋

 その後は寝過ごすことも無く、無事に下車できた。駅を出た後、即座に目に入った風景がこれである。安心感がある。

 

 

 そのまま帰って風呂入って寝た。

 

食事

 朝はパン。

 昼はラーメン定食。

 夜はおにぎりセット。